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2) 映画考
99/11/2, 加筆11/4
僕は映画が好きである。まあマニアという程でないので毎日とかでないにせよ、なんのかんのと、月に2回は映画館へ行く。ビデオも月3本は見る。やはりハリウッドものが多い。邦画も最近は面白いのが増えてきたからよく見ている。最近見たのは、「シックスセンス」「ノッティングヒルの恋人」「マトリックス」「エリザベス」「ホーンティング」「カンゾー先生」etc.
最初に劇場で見た映画は、10才頃いとこ達とおばちゃんに連れられて見に行った「サインはV」だった。「東映まんがまつり」を見に行ったが、来週からだったのだ。ゴジラシリーズはだいぶ見た。今でも、劇場に入った瞬間スクリーン一杯に写ったモスラを見たときの興奮を憶えている。中3で見た百恵友和の「ふりむけば愛」は、泣いたっけ。初恋中だったのさ。その後見た「野生の証明」で薬師丸ひろ子の大ファンになり、何度も映画館に通ったりもした。おちゃめ。
中学のときにテレビで見てどうしても理解できなかった「2001年宇宙の旅」を、大学2年のときに札幌の劇場でひとりで見て、ものすごく感動した。それからずっと、僕が映画に求めていたものは、人生のヒントのようなものだった。アメリカ留学中に見た "Back to the Future" (字幕なしだったので原題で) もずいぶん感動した記憶がある。自分の両親の青春を意識したからかな。
87年に上京し、その冬に再生専用ビデオデッキを買った。バイトが終わると毎日のようにレンタルビデオ屋に行ってビデオを借りまくってたっけ。明大前の蔦屋。アメリカン・ニューシネマの存在をやっとこのあたりで知った。「スケアクロウ」「カッコーの巣の上で」は、僕の曲「穴」を作る原動力となった。
おっと、思い出話で終わってしまいそうなので映画考を。やはりものを作ることを生業としてから、作る立場でものを見れるようになってきた。どんな理由で、どんな予算で、どんな経緯で作品が出来たのか、作品を見るだけでわかってくるようになるものだ。音楽も文学も絵画も映画も。映画制作に具体的に関わった経験はないけれど、映画が音楽とはけた外れの予算と人がからんでくるのは当然のこと。ということは、いろんな人の思惑や利害がさまざまにからみ、原作者の意図とはかなり変容するのは容易に想像できる。
映画の場合、物語の「背景」が「閉じている」ことは実に大切なことだと思う。「これはドラマだから・・・」というエクスキューズで無理な展開をするドラマが実に多い。最近のテレビのトレンディドラマはまず、90%そうだ。なんでこんな展開するんや〜! と思わずつっこんでしまう (視聴者の多くがその一言で納得してしまうことも解せないのだが) 。一昔前のバブル邦画は大体そんなものだった。なぜなら邦画 (テレビドラマを含めて) の企画は企業宣伝がかなりの割合で絡むからである。怪獣のおもちゃ、化粧品、服、煙草、酒、インターネットもだ。国内のメジャー業界共通の壁ですな。それから視聴者のほうが、映画を見る前から「ハッピーエンドなもの」とか「コワイもの」というカテゴリーで映画を選んでしまう傾向も、無理な展開の原因のひとつなのだろう。人生先が見えないはずなのだが・・・。
あと、これは特に邦画にその傾向があるが、名作の小説を映画化したい人が多い。思い入れはわかるんだけど、小説は絵がないから想像力が働いて面白いわけで、無理矢理忠実に映画化すればシラケてしまう確率が高いと思う。エンデの「モモ」とかそうだった。
日本ではディレクターの地位やギャラが安いのである。社員なのだ。ハリウッドは映画監督の権限が強い。独立しているからだ。すると最終的な判断は監督ができる。つまり監督の人間性が映画に現れてくるわけだ。ポール・バーホーベン監督の映画はみな冷たいね。「ロボコップ」「ショーガール」「スターシップ・トゥルーパーズ」見ていて悲しくなってしまう。スピルバーグは暖かく、キリスト教的だ。ルーカスはおたくだ。キューブリックはくそまじめなプログレ野郎。まあこのあたりの巨匠になれば、ちゃんと「閉じた」物語を提供してくれるからいいのだけど。
予算が無事通りいざ映画が完成し、僕らが何かの媒体でその存在を知り、チケットを買って映画館へ足を運ぶ。そこで初めて、伝え手と受け手がコンニチハするわけだ。ストーリーを通して、伝え手が何を感じ、受け手に何を伝えたかったのか。映画という作品に込められた制作者の気持ちの高ぶり。これが決定的に映画の質を決める。う〜む、あたりまえのことを書いているな。しかしそのあたりまえの基本がわかっていない映画もまた作られ、良い作品と同じように宣伝されるから、結局その判断は視聴者に任されているわけだ。「あの」怪獣がどこそこの街を壊すのが面白いとか、クリスマスだからラブロマンスとか、夏やハロウィンだから子供向け恐怖ものとか、その手の企画もんでストーリーや感情表現が企画に追いついていない映画は枚挙にいとまがない。はっきりいいます。そういう映画を作る予算をエイズ基金に回してくれ!!
日本はまだまだ映画が高い。当日\1,800というのはちょっとである。同じ値段を払い、いい映画に当たったときは実に嬉しい。「マトリックス」は、本当に面白かった。原作者、監督、キャストがみな一丸となって「ノッて」いるのがよくわかる。メジャーだって、誇りを持ってやればこんなのが出来るのだ。
近い未来、映画業界は大きな革命を迎えるだろう。今パソコンがすごい勢いで進化し、50万もかければデジタルビデオの編集が簡単に出来るようになってきたからだ。安価で手間や人もかからず、しかもクオリティの高い作品が出来る素地は整っている。未だに日本の映画業界は徒弟制度でガチガチだそうだが、そうこうしている間に、するどい感性をもった作家兼監督がゲリラ的にインディーズ映画を作り、メジャー界になぐり込みをかけてくるだろう。まさにその時が映画界の「ビートルズ」誕生の瞬間だ。多くの人が絡んだイベントから、映画はインディビジュアルな自己表現手段となっていくだろう。実は機会があれば、僕も手を出したい領域である。
・・・G4欲しい。
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